2007年11月、世界に激震が走った。
「体のどんな部位にも応用できる細胞を培養し、悪い部分はすべて良いものに取り替えることができる技術が開発された。正に再生医療の未来を変える大発見だ!」
国内外のマスコミは一斉に総毛だった。
一般の人たちも、そんな夢のようなことが実現しようとしているのか、と期待に胸を膨らませた。
それから一年あまり。iPS細胞の研究はどこまで進んでいるのか。また、そもそもiPS細胞とは何なのか。
それに興味がある方は是非読んでいただきたい良書だった。
まず、iPS細胞の話をするにはその前提となる知識が必要であり、筆者はそれを丁寧に説明してくれる。
全9章の中で、実に6章までをその前提の説明に割いている。iPS細胞の話は、基本的に残りの3章のみだ。
「イモリの尻尾は、切られてもまた生えてくる。しかし人間がそうでないのはなぜか」
という「知ってるけどなぜかは分からない」基本的な疑問から、人間とその他生物の仕組みの違いを説明。
なるほど。だから爪ははがれてもまた伸びてくるが、指が切れても生えてこないんだな、と当たり前のことに納得させられる。
確かに、私のような門外漢には初めて見る言葉ばかりだが、一般人にもなるべく理解しやすいよう気を遣っているのがよく分かる。
また、随所に織り交ぜられた「人体豆知識」も非常に参考になる。「へぇ~ そうなんだ」と唸ることしきり。自分の体をいかに知らないか、そしてそれがいかに芸術的なほど「美しい」仕組みによって成り立っているのかを、改めて思い知らされた。
また、iPS細胞が何でもかなえてくれる魔法の手段ではないこともきちんと説いている。
実用にはまだまだ研究が必要だし、そのためには解明しなければならないことが山ほどあるという。だからこそ、日本政府は積極的にサポートすべきだと改めて感じた。世界に対する絶好の外交アピールにもなるじゃないか。
そして最終章に収められているのは、この先端科学を研究する上で避けては通れない課題のひとつ。倫理の問題だ。
生命の源である、受精卵の胚をつかうことになるES細胞。もちろん、時にはそれを破壊する必要もある。
iPS細胞は体細胞を利用するものの、両者の研究は密接に関連しており、iPSの未来のためにはES細胞の研究はなくてはならないとのこと。
「命の根源」を研究目的で扱うES細胞に対し懸念を示していた、ローマ法王やブッシュ元米大統領。しかし山中教授らのiPS細胞には、手のひらを返したように歓迎したのだ。
しかし筆者はその矛盾を指摘し、それでもなお「生命の根源」を科学的に突き詰めることの正当性、有意性を主張する。そこには、その先に見える未来を強く信ずる確固たる信念を垣間見た。これが研究者魂というやつだろうか。
驚いたのは、筆者は東京大学大学院の博士課程を履修中で、いわばまだ学生なのだそうだ。
ガンダムからフランケンシュタインまで、生命科学だけではなく本当に幅広い知識を持っていることが分かる文章からも、読了するまでどこかの教授が書いたものだと思っていたが、1976年生まれの若い人だとは。
このような人が世界が注目する研究の最先端にいることに、とても安心感を覚える。興味がある方はぜひ一読していただきたい。