ペットは、飼うこと自体が人間のエゴ

昔勤めていた会社の近所に、大型のペットショップがあった。
営業時間は、確かお昼頃から夜中の12時くらいまでだ。

その間、生まれたばかりの子犬や子猫が通りに面したショーケースに入れられ、道行く人にさらされている。
多くの人が足を止め、「かわいいー」とか「欲しい!」と声をあげていた。

人間が動物と共に生活するようになったのは、生活のためだ。
牛は乳を出すし、羊は毛が加工できる。馬を移動手段に、鳥は手なずけて魚をとる手段にした。

ただ、その中でも特に犬と猫はその愛らしさゆえに「愛玩」という目的のみで人間と共に暮らすようになったのだろう。

彼らは人間に都合のいいように改良され続けた。足は短く、瞳は大きく、体は華奢に…
そうして、およそ自然界では生き残れないような生物が次々と生み出されていくことになった。

猟犬に狩りをさせて生活している人は別として、現代社会においてペットを飼う目的は、ヒトの「寂しさ」やら「生きがい」を埋めることだけ、というのに異論はないと思う。

人間が欲求を充足するのは勝手だ。
しかし、それに使われた動物たちも同じように満足できる日々を送っているのだろうか。

例えば、犬は主従関係を好む。飼い主を「主人」として敬愛し、一緒にいることで満たされる。
飼い主、ペット、どちらも満足しているのだからいいじゃないか。確かにそうだ。

しかしペットの側は、実は代償としてさまざまなものを払っているんじゃなかろうか。
満足な食事と安全を受け取る代わりに、住む場所を制限され、リードでつながれ、満足に走り回ることもできない。

人間の側には代償があるだろうか。
ペットがいることで自由に外出できない、部屋の掃除が大変、諸々の費用がかかる。
それらはただの「義務」で、「代償」とは呼べない。犬を飼うと一生肉が食えなくなる、というのだったら代償だけど。

人間は自ら動物たちを生産し、彼らを制限し、あえて苦労を買ってそれを消費している。

個人的な意見だが、もし自分が鳥だったらカゴではなく空を飛びたいし、魚だったら水槽ではなく海を泳ぎたい。

だから動物は飼わない。彼らに依存したくないし、彼らの命を受け止める度量もないから。
よくおかしな考え方だと言われるが、多分そうなんだろう。

もちろん、ペットを飼う人すべてを否定するつもりもない。

ただ、そもそもペットを飼うこと自体、人間の欲を満たすエゴ以外の理由がない、ということを忘れないでもらいたい。動物たちは、そのために「わざわざ作られた生物」なのだ。

別にあなたが生き物を飼わなくたって、誰も困らないんだ。

かわいいから、寂しいからという理由で安易に生き物を飼う人が多いから、日本の悪質なペットショップ産業はいつまでたっても改善されない。生まれたばかりの子犬が親から引き離されて、夜になっても明るいショーケースで不特定多数の人々の視線にさらされるというのは、生き物の営みとして異常だ。

何だか論点がずれまくりだけど、ペットという絶対的な支配下を身近に置くのなら、相応の覚悟を決めてからにして欲しいと願わずにはいられない。

「ペットは、飼うこと自体が人間のエゴ」への119件のフィードバック

  1. 同じくペットを飼っていても擁護目的とそうでないものとでは心の在り方は対極と言ってもいいかと思う。

  2. ほんとに共感します。私も今まで鳥、ハムスター寿命がくるまで飼ってきましたが
    動物なんて飼うことが間違いという考えになるまで34年かかりました。

    周りにはペットを溺愛してる人も多く、みんなきちんとお世話をしてる上で
    この子(ペット)は幸せなのかなと
    自問自答してるみたいですが
    私はそんなこと思いながら飼いたくありません。飼ったら本当に可愛いし、生きがいの一つになるのはわかってますが
    飼いません。

    子供にはうちは動物は飼わないということなんて説明しようかな…。

  3. 昔から動物を『飼う』ってことに興味が無さすぎて知らないことが多かったんですよね。だからペットはほとんど去勢手術をするって聞いた時単純に『そんな事のために生き物の体にメスをいれるの?!』ってびっくりした記憶があります。ここにすごく罪悪感があります。
    動物を『飼う』ってことにいつもいつもモヤモヤがあって、番犬や仕事のパートナーではなく癒しや情動教育のための愛玩動物である場合も多くて、もしかしたらそれだけで役割は十分なのかもしれないけれどペットとして動物を飼うことはよっぽどの事がない限り無いだろうなと思っています。人間の世の中がそれだけストレス過多なのかもしれないですけれど動物は飼いたくないです。

  4. ペットを飼うこと自体はいい。飼っている人間が、動物を自分のために利用しているという自覚さえあれば。エゴであるということを心に刻んでいるのであれば。

    しかし実際は、おもちゃ扱いしておきながら、慈悲深い自分という在りもしない幻想に酔い、結局捨てる。

    動物愛護に傾倒しようものなら、目も当てられないほど痛々しい。
    自分の欲求を抑えることもせず、好き勝手しておきながら、それでも悪になることを拒む。悪であることを受け入れない。認めない。
    正しい自分に、おきれいな自分にこだわる醜さ。

    本当に忌々しい。

  5. 長年抱えていたモヤモヤを言語化してくれて、本当にスッキリしました!!全く同感です。わたしも、動物を「飼う」という行為にすごく違和感を感じていて、したくありません。せっかく脳があるのに、何も考えずに欲望のままに飼う人たちの割合があまりにも多過ぎて、こちらがおかしいみたいに言われてしまう…そんな少数派が肩身の狭い思いをしなきゃいけない世の中に、少し腹が立っていました。人間なんて、どうせエゴだらけでしょうけど、エゴでやってるんだという自覚があるのとないのじゃ全然違うんだろうし、人間についていろんなことを考えさせられました。本当に感謝です。

  6. 僕は動物は好きではなかった
    結婚して妻が飼っていた犬と暮らすようになりました。
    高齢になって、おしっこがちゃんとできなくなりおむつの日々。それでも失敗して掃除する毎日。義務的に世話することになった人間と変わらず生活を送る犬。年老いても同じ空間、同じ食事のままくらし続けることに幸せはあるのだろうか。
    そもそも飼われること自体が動物にとって刹那の幸せにすぎないんじゃないだろうか。結局人間の嗜好で生殺与奪。僕はもう飼いたくはない、歴史的にそうだったとしても、究極は人のエゴというのは間違いないと思います。

  7. 共生出来ているように見えているだけで
    人間には分からないであろうストレスを抱えながら生きているのでしょうね。
    ペットを飼う人は心優しい人にみられ
    がちですが私には残酷な人間にしか見えません。

  8. 飼い猫が病気になり介護をしていて気付かされました。
    本当にエゴでしかありません。
    この子をきちんと看取り、もう動物は飼いません。

  9. 全ては人間のエゴだから自分は動物虐待すら咎めなくても良いのではと思う
    それを生きがいとする人間がいる以上それをやめさせるのは論理性のない押し付けに過ぎないからだ
    もちろん自分はする気もないしする必要もないと思うが止める必要もないただそれだけである

  10. 私も、動物を飼うことには否定的です。自由を奪われて生活を全て支配され、行きたい所にも行けない息苦しさを感じている動物を見ていて辛いからです。よく、生命が保障されているのなら多少の不自由も仕方ないんじゃないか?という反論がありますが、私が動物なら肉体を拘束されるよりも野垂れ死にを選びます。

  11. 全くもってその通りです。
    飼うって何様です。犬猫も幸せとか抜かすけど、自分が犬猫に飼われるとしたらどうなんだ?耐えられるのか?一体何様のつもりなんだと思う。

  12. 自然の素晴らしさや野生の素晴らしさを知らない人間は、愛玩として動物を飼いますね。
    私は小笠原で野生のクジラやイルカ、オオコウモリや夜光茸・夜光虫etcを身近に感じながら生活をしていたので、自分の手元に生物を置いて支配する事の何が楽しいのか理解出来ません。
    本当に動物が好きならば、野生の動物を彼らの邪魔・ストレスにならないような観察をすればよいだけで、観賞の為の動物園も水族館も必要ないと思います。

    ただ動物を人間が生きるための道具として利用することには賛成です。動物園・水族館も研究の為ならば仕方なし。
    犬ゾリ・猟犬・盲導犬も仕方なし。人が生きる為に必要ない愛玩だけは神経を疑います。

  13. 別に反駁したいわけじゃないが、例えば保健所で殺処分待ちの犬を飼うことにした人とかって大まかにいえば愛玩目的だと思うが、それはエゴなんだろうか

  14. 羽田の事故があり、こちらの記事にたどり着きました。ほんとに、書かれてある通りだと思います。

    私は犬猫飼ったことありません。
    今は子供2人の母親ですが、ペットショップに売られている子犬子猫のお母さんの気持ちを考えると可哀想でなりません。お腹を痛めて産んだ子供を無理やり取られるなんて、残酷すぎます。
    ペットショップでペットを買う人は想像力がないなと軽蔑します。ただのエゴですね。

  15. 犬が人をペットとして愛玩するために、人として自立して生きていくことができないような肉体と精神の奇形を量産したら…
    猫が人をペットとして管理するために、人の去勢手術を励行しその生殖活動に干渉したら…

    立場を逆転させるだけでホラー映画ではないか。ましてや、飼い主に悪意がないとすれば、これは笑劇、いや衝撃だ。

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