[読書]金ではなく鉄として 中坊公平

日本一有名な(元)弁護士と言っても過言ではない、中坊公平氏の自伝的書籍。初版は2002年。

タイトルの意味は、自分は類まれなる才能を持った「金」などでは決してなく、ただの「鉄」である。その鉄なりにがんばってきた成果が今の自分である、ということ。
ただ、比較対象が京大を首席で卒業するような人たちであり、本人もわずか一年の受験勉強で京大に入学しているあたり、(もちろん努力も相当なものだっただろうが)正直、劣等生とは言いがたいところもある。

同じく弁護士をしていた父の元、ひ弱で偏屈だった幼年時代を過ごした。家は基本的に裕福だったものの、大学進学前には兼業の農業を手伝わなくてはならないほど貧困に喘いだときもあった。

そんな中、中学校の同級生が難関の司法試験を通ったことをきっかけに、自らもその道を志す。

三度目の挑戦で試験を突破後、独立した氏は、中々仕事に恵まれない日々が続いたものの、ある町工場の再建をきっかけに仕事が次々に舞い込むようになる。

彼が担当した事件として有名なのは、
豊田商事事件管財人
森永ヒ素ミルク中毒事件
・東海道新幹線立ち退き問題

など、近代の事件史に残るようなものも数多い。
特に森永ヒ素ミルク事件と、東海道新幹線の話には多くのページが割かれている。正に庶民の味方として立ち振る舞った戦いの記録だ。

数々の事件を担当していった中坊氏だが、本人も記しているとおり、それは周りの人の助けが非常に大きかったのだろう。本人が、実より利を取ろうとしているときも、それをいさめる存在やきっかけがあった。

特に、父親の存在感は大きい。
森永ヒ素事件の担当を打診された際は既に売れっ子弁護士であり、国や大企業を敵に回すことを快く思わずそれを断ろうとした。
しかし、自分から「嫌だ」というわけにもいかず、父親に相談に行く。「父が反対しているので」という理由をつけるためだ。

だが父親はそんな息子の心中を見抜き「赤ん坊に何の罪がある。正にお前がやるべき仕事だろうが。お前を何のために育ててきたと思っているんだ」と一喝する。目が覚めた氏は、その後すさまじい戦いの場に身を投じる覚悟を固めるのだ。

これは個人的な解釈だが、氏は幼いころから優秀なあまり、自分の殻に閉じこもる性格だったのだろう。
自分は頭がいい。一人だって何とか生きていける。だから他人と無理にかかわりあう必要はない。

そういったある意味での幼稚さが、20歳すぎまで友達と呼べる存在がいなかったことにつながっている。
しかし弁護士という仕事を通じ、学がなくても懸命に働く人々と出会い、心を通わせていくことで、中坊氏自身の心が解き放たれていったのだろう。人間とはすばらしい。人は関係しあうことで生きていけるものだ、と。

文章量が少ないこともあるが、章の終わりに「まさか、あんなことになろうとは知る由もなかった」のような、中々読ませる文体であっという間に読み終わってしまった。小説として捉えても面白い内容ではないだろうか。

しかしこの書籍刊行後すぐ、氏は詐欺罪で告発され、弁護士を廃業することになる。
その事件の詳しいことは分からないが、このような結果になってしまったのは残念だと思う。

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