先日、以前勤めていた会社の上司たちとお会いする機会があった。
今では全員が転職しており、各自がそれぞれ選んだ道と当時の裏話を懐かしく語った。
当日は不在だったのだが、その会社にはとあるベテランエンジニアの方がいた。私は直属の部下ではなかったが、エンジニアたちをまとめる長だった方だ。
とにかくコワイ人で、相手が取締役だろうが社長だろうが奮然と立ち向かい、大声を上げる。立派なヒゲを蓄えのしのしと歩く姿は、ペーペーだった私ならずとも畏怖すべき存在だった。
技術一筋、それ以外の尺度はこの世に存在しない。そういう人だから、部下たちの信頼は篤かった。
その会社はとある外部事情で大きな赤字を抱えており、起死回生、乾坤一擲のプロジェクトをいくつか走らせていた。我々はそのうちの一つを任されており、それはもう朝もなく夜もなく働いた。
しかし、残念ながらうまくいくことはなかった。どうしても続けたかったワガママも届かず、経営陣はプロジェクトの中止を決めた。
それでもなおあの方はヒゲを震わせて怒りまくっていたが、その頃から立場は怪しくなってきた。
きっと随分前からみな気づいていたんだ。その方がもう時代遅れの技術しか持っていないことを。もしかしたら、その人自身も。
この世界の変化の速さについて行けなかったのだ。新しい技術を身につけ、理解することができなかった。
豊富な経験は寂れた過去になり、使い物にならなくなった。メンバーの意気が下がり始めたのと同時に、求心力も急速に下降していった。
選択と集中という言葉を出すまでもなく、我々は社内でうまくいっている部署へと散り散りになった。
そしてその方を含めたベテラン勢は、今までの半分以下の年俸を提示され、事実上のリストラとなった。
そんなみなさんが、今でもバイタリティに溢れ、たくましく活躍されていたのは頼もしかった。
ただ一人、経営に携わることもなく、営業の経験もなく、でも社内では人一倍恐れられていたあの方だけは、どこにも行けなかった。
彼は先日、出家したそうだ。
ご婦人や、成人したお子さんとはもう一緒に暮らしていないという。
私はそれを聞いた瞬間、思わず大声で笑ってしまった。
あのカミナリ親父が坊さんになったのか。年の割には艶のあった髪の毛も、全部剃り落としてしまったのだろう。あのヒゲも、きっとすっかりなくなっているに違いない。想像しただけでおかしかった。
笑って笑って、笑いすぎたあとに泣けてきた。
あれだけの部下を抱え、あれだけ自分の仕事に誇りを持ち、そしてあれだけ怖かった、技術一筋に生きてきた人が最後にたどり着いたのが出家とは。現実とは、かくも厳しいものなのか。
先のことなど誰にも分からない。自分らしく生きていくために今からできることはなんだろうか。
深く考えさせられた夜、空には月が浮かんでいた。
2011年はじめてのコメントです。今年もrossoneriさんの記事を楽しみにしています。
自分はデザイナーとして7年働いていますが、センスが時代に沿わず、引退する人の話をよく聞きます。
私の先輩には、才が萎えるのを苦に感じ、死を選んだ方もいました。力の衰えを感じつつも、いつまでも前線で力を発揮したいという感情の入り交じり。これはなんとも筆舌に尽くしがたいものがありますね。
興味深い記事を読ませて頂き、ありがとうございました。
トモタカさん
お久しぶりです。当ブログも3年目に入りましたが、ここまで続けてこられたのも、トモタカさんが最初に激励を下さったことが大きいです。今年もよろしくお願いいたします。
こちらこそ、大変興味深いお話をありがとうございます。
特に死を選ぶというのは、想像を絶する感情です。芸術家や文筆家の方に多いですが、自分の才能の限界を感じたからなのでしょうかね。
それ自体を否定はできませんが、そのことで周りの多くの人を傷つけてしまうということも、よく心に留めておかなくてはいけないのではないかと、私は思います。
はじめまして、久しぶりにネットを再開したところ、rossoneriさんの記事をみつけちゃいました~
私は、税務補助のお仕事をしているOLです。よろしくお願いします。
日進月歩の代表格は、やはり技術屋さんの世界なんでしょうね。私の携わる税金の法律関係も…ホントちょくちょく改正があり、改正の都度、PCソフトもヴァージョンUPするので、覚えることがたくさんあってついていけない(泣)って思うことも多いです。
「もうダメだ…。」って思ったあとに必ず思うこと、それは、「でも、これ(税金)天職だし、やるしかないなっ!だって、好きなんだもんっ!」
>みにさん
はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。
天職だと言える職業に巡りあえたことは、とても素晴らしいですね。アップルのスティーブ・ジョブズが、有名なスピーチでも言っていました。やはり人生で仕事にかける時間は決して短くないですから。
どんな仕事も、変わるものと変わらないものがあるのでしょうね。すごく前向きな姿勢に襟を正しました。お互いに頑張りましょう。これからもよろしくお願いします。