評点:92点(100点満点中)
東西分裂時代の東ドイツ。言論や思想を統一する役目を担っていたシュタージは、ある劇作家が過激な思想を持っているとの情報から、24時間体制での盗聴を行う。
そのシュタージの権力者で国内の演劇界を牛耳る大臣は、その作家の恋人で美しい女優を我が物にするため、弱みを握っては情事を重ねようとする。
盗聴を担当した、物語の主人公ヴィースラー大尉は、日を重ねていくうちに自らの業務に疑問をもつようになり…
主人公は、スーパースターもヒーローでもない。ただ組織の命令で忠実に任務を全うしようとする、実直で孤独な男だ。
その男を通し、東ドイツという特異な社会情勢と、いつの時代も変わらない人間の内面を深く、鋭く抉りだしている。
権力、性欲、金銭欲、そして自由への渇望。
それだけではない。悲哀、愛情、信頼、傲慢など、この作品で描かれる人間の姿は数限りない。普段、誰もが心のうちに秘めていて表には出さないような感情を丸ごと外に引っ張り出されるようで、思わず心を背けたくなる。観ているだけで、自分の内面を見透かされているようで胸が痛むのだ。
正直、今までこの作品を観なかったことを後悔した。今まで観てきた映画の中でもトップクラスに入るほどすばらしい作品だった。
確かに、終盤において展開が急速になり、テロップによる「そして○年後」が多用されているが、それもあまり気にならないほど、作品として完成されている。
もし未見の方がいれば、すぐにでもご覧になって欲しい。特に中高年の男性にオススメだ。きっと、涙なくては観られないだろう。
そしてこれは裏話だが、何と主演のウルリッヒ・ミューエは、私生活で実の奥さんに密告され、本物のシュタージに監視されていたという。同じ時代を生きていても、これほどまでに背負う過去が違うのかと慄然とする。そんな彼が演じるからこそ、このように深い味わいのある作品に仕上がったのだろう。そして、それを監督したのが1973年生まれの若い才能であったことも付記したい。
2006年のアカデミー外国語映画賞を受賞。しかしその後すぐ、主演のウルリッヒ・ミューエは胃がんで亡くなられた。
正直、彼の作品をもっと観たかった。