年に相当数の映画を観るいわゆる「映画バカ」だが、面白い映画というのはたしかに数多くある。
しかし、鑑賞後に人生観が変わるような、魂を心から揺さぶられる映画というのはそうお目にかかれるものではない。実感で言うと、500本に1本程度ではなかろうか。
その中でも、5つの作品を勝手に選んでみた。
オアシス
5選とは言え、何を最初に持ってくるかは難しいところだが、しかし迷うことなくトップにあげたいのが本作。
脳性マヒの女性と刑務所帰りの男性という、社会的弱者にスポットを当てた本作は、個人的にはラブ・ストーリー史上最高の傑作だと思う。
ストーリーや映像ももちろん素晴らしいのだが、圧巻なのは役者の演技。主演のムン・ソリは、体を不自然に歪める脳性マヒの女性を演じ続けることで、撮影終了後は入院してしまったとのこと。まさに魂の芝居だ。
鑑賞したのは公開した数年後だったのだが、観ていなかったその数年を恨むほどの作品だった。
観ずには死ねない、本当にそんな映画だと思う。
ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
ケバケバしく女装した男性が、歌や踊りを披露するいわゆる「ドラッグ・クイーン」が主人公の物語。
その外見の派手さとは対照的に、魂の行き場に迷う主人公の葛藤が、ウェットに、生々しく描かれている。
自身もゲイである、監督・主演のジョン・キャメロン・ミッチェルが見せるその苦悩の様は、人種や性別を問わず深く共感できるものだろう。
本作はもともとミュージカル作品なのだが、デヴィット・ボウイやオノ・ヨーコが大ファンであることは有名。また楽曲が大変素晴らしく、マドンナがその権利を買い取ろうとしたこともまた伝説として残っている。
ちなみに、物語はプラトンの『饗宴』になぞらえて進むが、後に発表される『海辺のカフカ』にも同じテーマが登場する。しかし、作者の村上春樹本人は『ヘドウィグ……』を全く知らなかったという逸話も興味深い。
ニュー・イヤーズ・デイ 約束の日
クラスの仲間たちとの楽しい旅行中、不運な事故に巻き込まれる高校生たち。唯一生き残った2人は、しかし「生き残ってしまった」自分たちに苦悩する。
1年後に一緒に死のうと決めた彼らは、「死ぬまでにやりたいこと」を計画し、着々と実行していく。
しかしそれは徐々に激しさを増す。果たして、彼らの本当の目的とは。
心理描写が繊細なため、人によっては「気持ち悪い」と感じてしまうかもしれないが、個人的にはイギリス史上に残る傑作だと思う。
映画好き以外にはほとんど知られていないのがとても残念。
善き人のためのソナタ
舞台は旧東ドイツ。「秘密警察」が市民を盗聴・盗撮し、反体制派の監視を行っていた時代の物語。
とある劇作家と女優の監視を命じられた主人公は、その反逆の証拠をつかむよう命じられるが……
この作品はとにかく暗い。色彩や音楽も抑え気味で、笑うところなどおそらく一つもない。
しかし、ろくな身寄りもなく、仕事一筋で生きてきた男の心の機微を、これほどまで痛々しく描いた作品は他にない。
アカデミー外国語映画賞も受賞した「大人の映画」。
歳を重ねた人ほど、心にナイフを突き刺されるような思いをするはずだ。
東京物語
戦後間もない1953年夏。
広島に住む老夫婦が東京の子どもたちを訪ねるために上京する、という何とも日本的で、かつ60年も前の作品だというのに、いまだに世界各国の映画関係者から絶大な支持を受ける本作。実際に、世界の代表的な映画監督が決める「最も優れた映画」に選ばれたこともある。
それはこの作品が「家族」という共同体を、繊細に、緻密に描いているからであり、それが時代や国境を超えて、あらゆる人の心を打つのだろう。
初見の中学生の頃にはさっぱり理解できなかった本作だが、しかし歳を経るほどに、要するに家族や生活におけるさまざまな経験を重ねていくほどに、心に深く染み入る作品である。
絶頂期の原節子の美しさと、憎たらしいほどうまい杉村春子の演技も見どころだ。
すべての作品において、なるべく予備知識なく観ていただきたいので、紹介文は最小限にとどめた。
ご興味があればぜひ。