負のエネルギーを全身で受け止めることのできる人の強さ [読書]自殺する私をどうか止めて 西原由記子

こんな弱小ブログには考えられないほどのアクセスをいただいた前回の記事ですが、とりあえずいつものように普通の書評などに戻りたいと思います。

本書は、私のTwitter友?と言ったら失礼なくらい著名なブロガー、どんジレさんのブログを拝見し、興味を持って読んだもの。

著者は「東京都自殺防止センター」というところでボランティアをしている女性。
何ともダイレクトな名前のセンターだが、その名前になったいきさつなども明記している。

ここでは、自殺を考える人のための最後の砦となり、その話を電話を通して親身になって聞く、ということを行っている。
タイトルに「止めて」とあり、もちろん最終目的は自殺を止めることであるものの、著者をはじめとしたボランティアの方たちは、決して「自殺なんて思いとどまりなさい」と説教するわけではなく、ただ相手の話を聞き続けるとのことだ。それこそが、最後の最後まで思いつめた人を楽にできる方法だと知っているからだ。

人間にはさまざまな感情がある。
ポジティブなパワーを持った人の近くにいれば元気になれることもあるし、愚痴ばかり言われるとげんなりしてしまう。
その中で「死にたい」というのは、最も強烈な力を持ったものだろう。それこそ「生きたい」より上かもしれない。

生きるということは、生命体として最大の本能であるし、すべての理がそれを前提としている。生きていれば、色んな楽しいことや嬉しいことがある。生きていて本当によかったと思える瞬間がある。
「死にたい」という人は、そのすべてを断ち切って、もう楽になりたいと願うことだ。多くの人が本能では生きていたいはずなのに、その本能をも凌駕する苦しみに襲われ、もうすべてを終わりにしたいと望む。その「負の力」は、周りの人を巻き込んで余りある。

だからこそ、聞くだけで身を裂かれるような不幸な身の上話を聞かされ、私は明日死ぬと宣言され、それでも「あなたの気持ちは分かります」と言える人の強さは、想像を絶するものがある。
しかも、職員の方たちは全員ボランティアだという。

もちろん、自殺を防げた時の喜びはひとしおだろう。でも、実際に自殺をしてしまう人もいるはずだ。「止められなかった」という自責の念と戦い続けるのは、容易ではないはずだ。著者はそれを25年(本が刊行されたのは今から6年前なので合わせて31年)も続けているというのだから、その人間的な「強さ」は、並大抵のものではないだろうと思う。包容力というか、やさしさというか、一概には言えないけれど。

本としての評価をすると、著者はやはり作家ではないので事実の羅列がただ続くだけで読みづらいところも正直ある。
そしてこれは編集者の問題だと思うが、同じ記述が複数回でてくることがあるので、やや未熟な感がある。

しかし、それを補って余りあるリアリティと、著者をはじめとしたスタッフの方たちの温かさ、自分には到底持つことができそうもない人としての器の大きさを感じることができる、一読の価値がある一冊だった。

工藤公康に学ぶ本物のプロフェッショナル [読書]現役力 工藤公康

イチロー、松井秀喜、ダルビッシュなどの名だたるスター選手でも、誰もがそのすごさを認める存在がいる。それが工藤公康だ。
普段はキラ星のごとき選手ばかりが注目されるため目立たないが、プロ野球選手全体の平均実働年数は、わずか7,8年だという。その中で今年でなんと28年目を迎えるというこの投手。しかも常に第一線である。

近代まれに見るこの「長寿投手」が語る内容は、確かに金言が多くちりばめられていた。

工藤は、入団一年目でアメリカのマイナーリーグへの留学を経験する。そこで見た選手たちのハングリーさに、本当のプロの心構えを学んだという。彼らの待遇はメジャーの選手とは天と地ほどの差があり、それこそ毎日土を食らうような生活をしていたのだ。

自分の甘さを感じた彼はそれ以降、ハングリー精神を持ち続けることを忘れなかったという。
そこで「彼らは彼ら、オレはオレ」と考えてしまうのは本当のプロではない。そして、そんな考えを持った選手は、やはり早く現役を退くことになったそうだ。

序盤に続く彼の言葉は、一般のサラリーマンなどにも当てはまることが多い。

たとえば「オレはやればできる、と自分をごまかしていないか?」

彼曰く、素質を持っている人間ほどそういった状況に陥りやすいという。実際に「やればできる」わけだから。しかしそれでも、その「勘違い」に少しでも早く気づいたものが一流になれるという。
人によっては、球団からクビにされてもなお「こんなはずじゃない」と考えるそうだ。

プロ野球選手は、比較的甘やかされると彼は指摘する。高校出の選手が何千万という契約金をもらい、だからこそ球団幹部に大事に扱われる。
しかし社会は、自分がほかの先輩たちすべてを出し抜けるほど、絶対に甘くない。妙な勘違いとプライドは身を滅ぼすだけだ。

このような言葉は確かに言い古されているかもしれないが、現役28年という彼の歴史が、とてつもない重みを加えて迫ってくる。

その他にも、全盛期の西武時代の選手は肉離れをしても休まなかったとか、同僚と仲がよくなりすぎることは、時にマイナスになるのでわざと距離をおくだとか、彼なりの人生哲学がちりばめられていた。

正直、この年代の人たちにありがちな「根性論」が強いきらいもあり、後半部分は前半とほぼ同じような内容だったりするが、それでも何度も読み返す価値のある、名著だった。

この巨大宗教を我々はどれだけ知っているか [読書]創価学会 島田裕巳

国内最大級の宗教団体である「創価学会」。
日本人ならみなが知る団体であるのに、公の場でその名を口にすることが憚れるという、不思議な集団でもある。

しかし、600万世帯、1,000万人以上の会員がいる割に、我々(私)はその実に関してあまりにも知らなすぎる。
本書は、彼らを極端に非難するわけでも賛美するわけでもなく、その内実を設立から現在まで忠実にかつ中立的に記している。ある意味、非常に貴重な「資料」でもある。

創価学会は、牧口常三郎という人物によって創設された。
当初は宗教的な要素はなく、柳田國男や新渡戸稲造など当時の知識層が集まったインテリ集団だった。

その後、二代目の戸田城聖を経て、現在の池田大作にいたる。
池田は、実業家としてもその手腕を存分に発揮し、現在の創価学会は彼なくしては語れない。

それにしてもおそるべくは、池田大作のカリスマ性だ。創始者をもしのぐそれは、今も多くの信者や側近の心を捉えて離さない。

本書中にも創価学会の取材をした数々の著名な評論家が登場するが、そのすべてが池田大作に人間的に魅了されたという。
本書では創価学会への直接的な取材はされていないようだが、著者は中立的な立場を守りたかったために、あえてそうしたのかもしれない。

彼らがその力を伸ばしたのは、日本の国力がまだ弱かったころ。彼らは、主に地方から都会に出てきた労働階級の人々を取り込んでいった。
地方から単身上京した孤独感と、食うものも食えずの生活は今では容易には想像できないだろう。そんな世の中で「入信すれば救われる」「仲間もいる」と誘われれば、責めることはできない。

芸能人の入信者が多いのも創価学会の特徴だ。本書では、その理由も列記している。興味のある方はぜひ読んでいただきたい。

前述のように、著者は基本的に中立的な立場ではあるが、最後にある警鐘を鳴らす。
それは、創価学会が力を伸ばした当時の世相と、格差が広がり貧困層が増えた現在が似ている、というものだ。それを彼らが感じてないはずがない。貧困層の広がりは、ある特定の集団にとってはチャンスでもあるということだろう。

彼らを一概に「危険」であると言うのはナンセンスかも知れないが、政教一体となり巨大な力を持っていることは確かだ。
腫れ物に触るように、「社会の暗部」として押し込めてしまうのではなく、自分たちの一部としてきちんと見つめていなければいけない存在なのだろう。

「食わず嫌い」をせず、ぜひ読んでいただきたい一冊だ。

[読書]イギリス型<豊かさ>の真実 林信吾

「イギリスは(基本)医療費が無料である」という事実から始まり、その内実について、実際に英国に住んでいた著者が語った著書。
本の帯には「年収が低くても安心して暮らせる「福祉国家」の実情」という大々的な謳い文句がある。

その財源は主に、17.5%という高い水準の消費税からである。
イギリス国民、国家の考え方として根底にあるのは、アメリカのそれのような過度の個人主義ではなく、社会全体が弱者を守っていくというものなのだそうだ。

しかし、その17.5%というのも、食品や日用品には関税されないそうだ。よく消費税増税の言い分として「欧米では○○%もある」という言い草があるが、その代わりにこのような事実があることも良く知っておいたほうがいいだろう。

そして、無料という医療費にも様々な問題点がある。
無料であるゆえに市民が殺到するため、あまりに軽い症状の際は病院にはかかれないというのだ。その場合、随分前から予約する必要があるという。
「早期発見早期治療」という、我々日本人の常識は、イギリスでは通用しないのだろうか。

その他にも、著者の経験や歴史から、このイギリス型福祉社会の実情が分析されていく。
有益な点と問題点、それぞれ包み隠さず表現しているのには好感が持てた。

しかし全体の感想を言えば、著者は結局この「イギリス型」をよしと思っているのか、思っていないのか、よく分からない。
最後まで読むと、どうやら「よし」のようなのだが、途中途中で論点がずれていくので、結局どちらの立場に立っているのか非常に分かりにくい。
このような書き方にするのであれば、中立の立場で記述すべきで、その曖昧な態度が内容の理解を妨げているように感じた。

しかし、タイトルどおりの知識を身に着ける「初級編」という意味では、読んでみてもいいかもしれない。

[読書]実戦! 行動ファイナンス入門 真壁昭夫

「人は、得したときの嬉しさより、損をしたときの悲しみの方が大きい」

投資を行うものにとっては一般的な言葉だが、その仕組みを平易な文章でうまく解説してある。
伝統的な経済学理論には「人は完璧な理論を持って、合理的に動く」という前提があるが、実際には人は感情によって動く動物であり、その点に着目したのが「行動経済学」というジャンルである。本書はその名のとおり、その行動経済学の入門としては非常に適していた。「価値関数」「リファレンスポイント」などの専門用語への言及もある。

実際に投資を行う自分にとっては、「そうなんだよなぁ」とか「まぁ、分かっちゃいるんだけどねぇ」と、痛いところを着かれるような記述が豊富で、自分の投資活動を振り返るよい機会ともなった。

ただし、本当にかなり基本的なことが中心なので、ある程度の知識がある方、投資の上級者の方にとっては当たり前すぎる内容かもしれない。そういった方には、第二章まで読めば十分かもしれない。